桃色革命「小桃音まい(まいにゃ)」のソロメジャーデビューと、デビュー前裏話

mainya

2013年5月10日の事だが、少し嬉しいというか驚きのニュースがあった。

ほとんどの人にとって小桃音まいって誰だよ?って話だと思う。小桃音まいことまいにゃは元々ハロプロヲタで、2000年代前半に関西中心でハロプロ系ライブやイベントに行ってた人にとってはちょっとした有名人。

僕もとある場所で知り合いになったのだが、その子がメジャーデビューというのだから驚きだ。少々長くなるが、そのエピソードを紹介してみる。

2003年末のモーニング娘。

話は2003年に遡る。確か9月か10月の話だ。

当時モーニング娘。は15人という大所帯となり、モーニング娘。さくら組とおとめ組という分割ユニットが誕生した。で、そのライブツアーが2003年11月から2004年3月にかけて行われた。

その中でさくら組のコンサートには特別な意味合いがあった。なぜかと言えば、2004年1月に当時モーニング娘。の顔と呼ばれた、安倍なつみが卒業することが決まっていたからだ。

安倍なつみ卒業コンサートはハロプロコンという、ハロー!プロジェクトのソロやユニットが集まって行う合同コンサートだった。

つまり、モーニング娘。単独名義ではないし、出番も当然短かった。そんな中行われるモーニング娘。さくら組とおとめ組ツアーは、一応モーニング娘。名義のラストツアーとなった。

安倍なつみが所属していたのはさくら組の方で、当然そちらの方が注目度が高かった。ただ、この分割ユニットは当時アリーナクラスの会場ばかりでライブをしていた中で、ホールクラスのライブを行う為の施策であった。

今にして思えば、ハロプロがホールライブにわりとすんなり移行したのは、この時かなりデータとったんだろうなぁと思うわけだが、困ったのは僕を含めた当時のヲタだ。なにせキャパが小さいから、チケットがとれない。

しかも、モーニング娘。さくら組の2003年最終公演は兵庫県三木市にある「三木市文化会館」というところで、キャパは最も小さい1200人程だった。さらにさらに、当時ハロプロのチケットはファンクラブ(FC)での販売が中心だったが、FC先行はほとんどの人が落選。

その頃出回り始めたのが、「三木はどうも会場売りのチケがほとんどらしい」という情報だった。

会場売りのチケットを買うために三木へ

その情報は次第に確度が高くなり、当時紺野あさ美ヲタ兼安倍なつみヲタだった僕は、現地に走った。

仕事を定時ダッシュして、当時の職場(岡山市)から速攻で帰宅し、同じ岡山のハロヲタ友達と合流して高速飛ばして会場へゴー!
着いたのは確か22時頃だったと思う。

現地に着くともうかなりの人が並んでいた。警備員とかもいて、今からじゃもう無理かもしれませんと言われつつ、ここで引き下がるのもあれなので並ぶことにした。

あっ、言い忘れましたが、徹夜で並びましたw

並び始めてしばらくして、後ろに保護者同伴の中学生の小さな女の子がやってきた。その子がまいにゃだった。

並び中に出会ったまいにゃ

並び始めが22時として、チケット販売は翌朝8時くらいの話だ。

真冬ではないのが救いだったが、今みたいにモバイルインターネットが盛んだった時代でもない。この間の暇つぶしは、ひたすら喋ることだ。話すテーマはもちろんハロプロオンリーだが、ネタに尽きることはない。

なのだが、段々その範囲が前後の人におよび、前に並んでいた夫婦と後ろに並んでいた女の子(まいにゃ)を巻き込み始める。リアルで僕を知ってる人なら分かるかもだが、僕とはわりとうるさい(その時いた友人もだが)。

結果、まいにゃを含めた10人近くでワイワイ喋りながら夜を明かした。当時中学生だったまいにゃは、確かモーニング娘。の加護亜依・紺野あさ美とメロン記念日柴田あゆみのファンだった。それが、まー熱い。

若さと言えばその通りなのだが、当時ハロプロヲタの友達はどちらかと言うと年上(おっさん)との付き合いが多かったので、その勢いに驚いた。

また、当時から

  • 自分を「まいにゃ」と呼べと言ったり
  • アイドルになりたいと言ってたり

正直おっさんはどん引きする面もあったが、アイドルがほんとに好きで憧れてるんだな、という気持ちはすごく印象に残った。

で、一緒に並んでた友達のヲタは後になってよく言ってた、

まいにゃは絶対かわいくなるし、ほんとにアイドルになるんじゃないか

と。

三木のさくら組コンサート

徹夜して並んだ甲斐もあって、徹夜仲間全員でチケットを購入できた。立ち見席になってしまったが、昼夜2公演のチケットを無事ゲットし、当日の再会を約束して別れた。

ところが、その後僕が仕事の出張で長野に行くことになってしまう。1週間前まで粘ったが断念した。

前日になり突如いける事になったが、チケットは既に譲っており、プラチナチケット化してとても買い直せるような価格でもなかった。なので、長野から比較的近い名古屋の松浦亜弥ライブに行った。結果僕についたあだ名は、

裏切り者

裏切り者とまいにゃの再会

この頃(2013年末)になって、まいにゃという子は関西ではかなり有名な子である事が分かってきた。三木のさくら組コンサートで一緒にライブ見た別の友人が、ハロプロオフィシャルショップで会ったとか、コンサート会場で沢山のヲタと一緒にいたなんて話を聞く。

まー、そりゃそうだわな。かわいいし(注:当時中学生)、と思っていたが思いかげず再会の機会が巡ってくる。2004年2月に神戸で行われた、モーニング娘。さくら組のコンサートだ。その時再会したのだが、開口一番、

あー裏切り者だ!

と言われたのは未だに覚えてるw
三木に行かなかったことを謝罪し、怒られ(注:当時中学生)、色々話して別れたのが最後の出会いだ。

まいにゃ=小桃音まい

そこでぷっつりコンタクトもなくなったし、僕自体がハロプロから離れてしまってもう忘れていたのに、2011年になりハロプロオタク時代の友人からこんな話を聞く。

まいにゃが小桃音まいという名前で東京で地下アイドルとして活動してて、結構すごい!

慌てて写真見たけど、ん〜当時の面影はわからん。僕が知ってるまいにゃは、中学生にしてはかなり幼かったので。しかし、経歴見れば間違いない。

東京中心の活動なのでさすがにイベント等に足は運んでいないが、以来活動情報はウォッチしてて、最新情報が冒頭の記事だ。

約10年前、チケット目当てに徹夜で一緒に並んだ小さな女の子が、夢を実現したんだなぁと思うと嬉しくなった。

僕も負けてられんなぁ!

と、ちょっと頑張る気力をもらった気がする。アイドル戦国時代と呼ばれる中、ソロアイドルは本当に厳しい。頑張って欲しい!

その後の小桃音まいの活動

2013年にメジャーデビューし、ソロアイドルとして活動してきたまいにゃ。

しかし、時代はグループアイドル全盛という事もあり、活動は決して順風満帆とは行かなかった。

僕も、1度は会いに行こうと思いつつ、僕が東京に行くときに限って地方公演という巡り合わせの悪さで、気がつけば3年が経っていた。

そんな中、ソロアイドルの限界を感じたのか、2016年に入り「ソロ休止」を宣言。同時にグループ活動を開始するべく、メンバーのオーディションを開始した。

そして、2016年8月20日からいよいよ、小桃音まい中心のアイドルグループ「桃色革命」(桃レボ)の活動が以下のメンバーで開始する。

  • 小桃音まい
  • 百瀬はる夏(ももせはるか)
  • 伊倉結音(いくらゆのん)
  • 児玉せりか

今度こそ見に行きたいとは思うのだが、さていつになるか、、、

小桃音まい(まいにゃ)に関する記事

SPONSORED LINK