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衆議院議員選挙の公示日。選挙のことを考えて知って欲しい

本日は12月16日に投開票が行われる、第46回衆議院議員選挙の公示日。

前回と打って変わって大逆風に襲われる民主党に対して、自民党が政権を奪取できるか。そして日本維新の会・みんなの党などの第3極と呼ばれる勢力がどこまで伸びるか。ざっくり言えばこの辺りが注目ポイントだと思う。

まあそういう評論的な部分はマスコミに任せるとして、やはりこういう機会に皆が国のあり方、政治の事を考えて欲しいなと思う。というのも、実は少し前にとある選挙に応援として携わって、「選挙」というイベントの内幕を少し垣間見た。その経験は色々驚きが多かったが、同時に選挙というものを深く考えさせられた。

その体験を踏まえて選挙について思う所を書いてみる。少々長いかもしれないが、よろしければ続きを読んでいただけたらと思う。

この記事の掲載内容は、2020年12月24日時点の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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選挙に対するイメージ

本日は公示日だが、この日から町の指定箇所に選挙ポスターが貼られ、街宣車などで、

ありがとうございます!ありがとうございます!!
〜をよろしくお願いします!!!

なんて叫んでる所をよく見るようになる。市民の感覚からすればウザイ以外の何物でもないこの行為。選挙はこういう事をするものだと思ってる人多くないですか?僕もそうだった。だからこそ、「選挙=迷惑なもの」というイメージを持ってる人も多いと思う。

公示/告示日以降の選挙戦と呼ばれる期間はある意味祭り。実際はそれ以前からの政治活動というベースがあってこそのものなのだ。この政治活動というのは、分かりやすいのは集会を開いたり、街頭演説をする事だ。

それらの集大成が実際に選挙が行われるまでの1週間弱(=選挙活動)。そう考えたら名前を叫びたくなる気持ちもある意味理解できる。実際は選挙に勝ち、議員になって自分の理想を実現して初めて集大成だろうが、選挙というのはやはり大きな区切れ目だ。

今の選挙の問題は選挙活動のみが目立ってしまう事が一番の問題だと感じた。

余談だが公示日と告示日という表現があることも最近初めて知った。簡単に言えば国会議員の選挙は公示、それ以外が告示だ。

この表現の違いは、国会議員選挙は天皇陛下が詔書によって行うために生まれる(現在では形式的なものではあるが)。知ったらなるほど〜と思うプチノウハウって感じ。

なぜ選挙活動ばかりが目立つか

言うまでもなく知る機会がないからだ。さらに言えば、興味もない人が多い。

選挙に携わって、集会的なものに顔を出してみるとその年齢層の高さに驚く。ほとんどが高齢者。平日の昼間だからとかではない。夜でも休日でも大きくは変わらない。この状態を見て高齢者は偉い、やっぱり今の若者はダメだと結論づけるのは簡単。だが、本当にそうなんだろうか?

今の若者は情報通信が進化し、趣味思考が多様化した時代に生きている。本来はよくない事かもしれないが、政治や選挙なんて二の次になってしまう。情報の取捨選択に優れているのは、どう考えても若者の方が多い。なのでほとんどの人はアンテナだけでも張っていると思う。アンテナに触れるような情報が発信出来ていないということだろう。

なぜかと考えると、議員は実際に目の前にいる人(=高齢者)の声を重視するからだ。他の人の声が聞こえていないわけではないだろうが、仕方のないことだと思う。議員だって人間。だからこそ選挙に携わる人はネットなど、あらゆるメディアを活用し間口をもっと広げて欲しいと強く思う。

そうすれば、選挙期間に入って「わけの分からない人が名前を連呼していて、うるさい」なんて事にはならないのではなかろうか。

選挙活動期間に出来る事って?

最近も問題提起はされているが、選挙活動期間にはブログ・SNSなどで候補者が投票を訴えるような行動は出来ない。それが拡大解釈されて、グレーゾーンはあるにせよ選挙活動期間にネットは使えないというのが通説だ。

で、残っている手段をざっくり言えば、

・選挙ハガキ
・電話
・集会
・政見放送
・選挙公報(ビラ)
・街宣活動

等になるというのは正直本当に驚いた。

「今21世紀ですよね?昭和初期??」

って本気で思った。これしか出来ないと知れば、街宣車で叫ぶしかないというのも仕方ないと感じる。多くの人に自分の政策・思いを訴える手段はそれしかないのだから。

そういう意味で、候補者自身もこの期間では名前をアピールしたりするのに専念。どんなベテラン議員でも御輿として担がれるのだそうだ。要するにそこまででどれだけ固定票を確保できるような活動が出来たかが、選挙の結果を左右するとも言える。

街宣活動

よくあれだけ「名前の連呼とかできるな〜」と思う人も多いと思う。
ウグイスなどある意味選挙のプロって人はともかく、素人でも1時間もマイクを握ればあれくらいのことは案外出来る。実際の経験から思う理由は3つあって、

・聞く側の立場に立てば、名前くらいしか残らない
・頑張ってる自分に酔ってくる
・快感w

特に最後はやってみると驚くもので、街中で合法的にマイクを持って叫ぶなんて経験普通そんなにないのです。それだけで、ちょっと気持ちよくなってくる面はある。

体験してみるのも悪くない

選挙活動はいわゆる選挙参謀と呼ばれる「選挙のプロ」って人を除き、ほとんどはボランティアで構成される。つまり、誰でも行けば歓迎してくれる(だからスパイも普通にいるらしい)。僕が今書いているように文章を通じて体験を知ることも出来るだろうが、それよりも1日足を運んで見たらもっと色んなものが見える。

そして、1票を投じて当事者として選挙結果を見れば、イベントとしても楽しめる。体験談などの情報は今どきWEBで探せば山ほど見つかるが、今重要なのはその山ほどある情報をもとに行動してみること。そのライブ感を通じて、選挙・政治を考えたら今までとはイメージが変わるんじゃないだろうか。

実際今の選挙制度は問題だらけだと思う。例えばネット選挙なんてキーワードで選挙を考えた時、ネットや情報端末を使えない高齢者の権利はどうするのだと言う議論があるが、逆に仕事が忙しくて選挙に足を運べない若者の権利はどうなのかと問いたい。ライフスタイルが変化しているのだから、それに合わせて多様な選択肢はあってもいいと思う。

今の選挙制度は平等とはいっているが、時代に合ったものとはいえず、結果的にどうしても選挙に多く足を運ぶ人(=高齢者)を重視していると言わざるを得ない。しかし、こんな事を思うようになったのも、選挙というものを内側から少し見たという経験がきっかけだ。

まとめ

僕は別に政治家でもないし、選挙のプロでもない。でも、日本国民である以上、この国の将来はやはり気になる。出来る事はやりたいと思っている。その為にできることの第一歩は、自分が信頼できる政治家を見つけ、その人に一票を投じる事かもしれない。

このエントリーを通じて選挙に行きましょう、投票しましょう、なんて訴える気は無い。与えられた権利を放棄するのはもったいないと思うし、何もしないで政治に文句をいうのは無しだろうとは思う。でも、義務で無い以上選挙に行かないのも自由だ。ただ、考える事だけは放棄すべきではない。

「〜の風」とか「ふわっとした民意」なんて意味としては理解できるが、国民が舐められてる証拠だ。でも、今はそれが現実。少しずつでも我々の世代が選挙や政治に対するイメージを変えて、子供達にも伝えていかなければならないと今は心から思っている。

色々書いたが、このエントリーを読んでたとえ1人でも、選挙や政治の事を考えるきっかけになる人がいればとても嬉しい。