新型コロナウイルス感染拡大に伴い、世の中が激変して3ヶ月ほど経った。
そして、2020年6月1日は「区切りとなる日」。
形は変われど、全国的に「日常」を取り戻していく活動が始まるからだ。
- 子ども達は学校が再開
- 通勤する人もかなり増えてくる
- 店舗も大部分が通常営業
2019年までは「当たり前」だった風景
僕はこの3ヶ月、子どもはほぼずっと家にいるし、対外的な予定が無くなり、外出はもちろん人に会う機会も減った。
「やりたいことができない」抑圧された日々
ともいえたが、逆にいえばその中でも残った「僕が大事にしたいもの」に、改めて気づけた期間だった気もする。
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「ステイホーム」期間でやったこと
僕が2020年3月〜5月の3ヶ月間でやっていた仕事は、大きく分けると4つ。
- 会社経営(主に対外交渉や資金調達)
- サイト制作(主にWEBデザイナーさんとの調整)
- サーバー管理
- ブログ記事作成
会社経営だけは少し特殊だが、それ以外は基本「僕が手を動かす(コード・記事を書く、など)」ことが多い。
システムエンジニアの仕事を辞めて、2年ほど経つが、
本質的にはマネジメントではなく、「作る」のが好き
というのを再認識した気がしている。
会社経営(主に対外交渉や資金調達)
会社経営は、2019年11月に立ち上げた「一般社団法人はれとこ」の話。
実は、東京で緊急事態宣言が発令されてから、地域メディア「倉敷とことこ」の取材は実質的にストップさせていた。
取材をしないので、記事チェックも調整もない。
その代わり、後回しにしていた、対外交渉や資金調達に動いた。
元々「利益を生むのが目的ではない法人」なのだが、資金繰りが厳しいのは昔も今も同じ。
しかし、コロナ禍において影響は受けているので、それ相応の行動はした(持続化給付金の申請など)。
詳しくは後述するが、僕は今回の件がなくても「基本は在宅のテレワーク」なので、仕事的には特に減っていないし、暇にもなっていない。
ただ、「忙しいから」と後回しにしていたことを、さばく時間を作れたのは大きかった。
これらができたのは、「ステイホームでうまれた時間」のおかげともいえる。
サイト制作(主にWEBデザイナーさんとの調整)
サイト制作に関して、基本「自分では作らない」という方針で、会社員をやめてから行動している。
- 「一般社団法人はれとこ」のホームページ公開
- 「倉敷とことこ」のプチリニューアル
- このブログ「アナザーディメンション」のリニューアル
これらがこの3ヶ月で実施したこと。
「アナザーディメンション」のリニューアルだけは元々予定していたが、はれとこ・倉敷とことこのHP制作は、ずっと後回しにしていたものだ。
WEBデザイナーさんも、コロナで仕事が減り時間的余裕が生まれたこともあり、一気に進められた。
会社HPは「看板」。あるとないとでは「信頼感」が違うと実感
また、会社ホームページの公開に伴い、倉敷とことこを少しリニューアルした。
この辺り。
会社HPと同じデザインにして、「〜とことこの定番デザイン」としてしまおうという意図がある。
という対応も同時に行ったのだが、ちょっと驚くべきことがあった。
会社ホームページは「看板」
あるとないとでは「信頼度」が変わるというのを強く実感した。
サーバー管理
さらに、未来への布石も行った。
実はGW期間中に、倉敷とことこはサーバー移転を行っている。
このブログ「アナザーディメンション」と同じ、「ConoHa」へ移転した。
個人・法人共に同じサービスを使うことで、管理を楽にし、今後予定しているサイトの制作も円滑に行うための移転。
実は、2020年中に「〜とことこ」シリーズの第2弾を始める予定で、「いつかやらなきゃ」と思いつつ後回しにしていた作業だった。
ブログ記事作成
最後が記事作成。
2020年4月〜5月で最大のトピックは、倉敷とことこで掲載した「テイクアウト・デリバリーまとめ記事」。
この記事は、色々な条件が重なり実現したのだが、実は途中でマップサービスを切り替えている。
マップサービスの利便性はあがったのだが、その裏でくらとこ記事は「表示が重くなり過ぎる問題」が発生していた。
細かい技術的な記載は割愛するが、「iframeタグによる埋め込みが増えすぎたこと」に起因する問題。
久々にプログラムとたわむれて解決したのだが、ある意味一番楽しい時間だった(笑)
問題が解決したときの「快感」は癖になる!!
また、5月は対外予定がほぼゼロだったこともあり、こっそり「毎日ブログ更新」にチャレンジしていた。
ブログ運営において「毎日更新」に特別な意味はない。
PV・収益を考えた場合、今はむしろ「悪影響の方が多い」とすら思うが、ブログ記事作成の優先度を上げたとき、今でも楽しめるのかを知りたかった。
コロナ禍において悟った「モノ作りが好き」という本質
僕は2018年7月で会社をやめてから、個人ブログの記事作成以外は、「なるべく自分の手を動かさない」という方針で仕事をしてきた。
かっこよく言えば、
マネジメント・プロデュースに専念していた
ともいえるかもしれない。
その最たるものは「倉敷とことこ」で、記事を書かないどころか、基本的は表に出ないし、助けてくれる人を「売り込む」ことを重視していたこと。
みたいな感じで、別の仕事に繋がればいいなと思ってやっていたが、考えてみれば「おせっかい」だったかもしれない。
というのも、コロナ禍において僕が感じたのは、
作るのが好き
ということ。
ブログ記事も1ヶ月間、ほぼ毎日1人で書いていても別につらいと感じなかったし、むしろ「これこそがやりたかった」とすら思った。
- 他者から言われて気づくこと
- 自分が手を動かして気づくこと
どちらが正解というわけではなく、この気づきは財産になるだろう。
ちなみに、マネジメント系は会社員時代も含めて、どちらかと言えば周りにいわれたり、状況的にやむを得ずやっていたこと。
自分でいうのもなんだが、わりとうまくやっていると思うので、向いているのかもしれない。
ただ、好きか嫌いかでいえば「そんなに好きじゃない」。
終わりに
こんな感じで、対外的に派手にアピールできることはないが、内部でたまっていた仕事を色々整理できた3ヶ月だった。
僕としては「貴重な時間」になったと思う。
- すぐに感染者が増えて、また緊急事態宣言となるのか
- コントロールしながら、コロナと共に生きていくのか
この先どうなるのかは分からない。
この写真はGW直前(2020年4月27日)の倉敷美観地区の風景。
例年なら既に観光客が多い時期だが、見ての通り誰もいない。
店舗や観光業界が受けた被害は甚大だが、平成30年7月豪雨と異なるのは、倉敷だけではなく、日本中・世界中が同じ状況であること。
「倉敷が大変なので助けてください」は通用しない。
最低でもこれから1年くらいは、「地元で支える」ことが重要だろう。
そう考えた時、何をするべきかを考えながら行動するつもりだ。
ここからが再出発!
そう思ってまた頑張ろう。